NPO

地域に愛される大学のすすめ(NPO法人オンデマンド授業流通フォーラム、大学イノベーション研究会編)

地域に根ざした教育を展開している大学の事例として、松本大学、共愛学園前橋国際大学、南大阪地域大学コンソーシアムの3つが取り上げられている。昨今グローバル教育がもてはやされているが、教育の本質ということからするとむしろこういった取り組みに学ぶところの方が多いのではないか。地域に出かけて、地域の課題に取り組むということを、ぜひ多くの大学に体験してもらいたいと思う。

本書で紹介されていた2つの大学と1つの大学コンソーシアムの事例はどれも興味深いものだったが、ここでは南大阪地域大学コンソーシアムが行った事業をひとつ書いておく。

リンカーンマッチングプロジェクトというもので、「学生の学生による学生のための就職活動」である。活動は二つあって、ひとつは学生が地域の中小企業を取材し、就職情報誌をつくること。もうひとつはこの取材をもとに、学生が企業の紹介をする合同企業説明会「就コレ」を開催すること。

取材の前にはマナー研修やインタビュー研修もあって、社会と接するときの振る舞い方をみっちり教わる。そして、就職情報サイトなどでは出合わないような地域の中小企業の存在を知って、中小企業に対する先入観が変わり、地元の優良企業と認識するようになる。また、就職情報誌をつくる過程や、合同企業説明会でプレゼンをすることで文章力、表現力も鍛えられる。もちろん、これを最後までやり遂げることで得られることも大きいだろう。

このコンソーシアムは特定非営利活動法人の法人格を持って運営されている。地域の大学が会員として参加しているNPOなのだ。複数の大学が組むことでうまく相乗効果を挙げているようだ。全国に大学コンソーシアムは数多くあるようだが、私のような部外者からすると単位互換制度をやっている程度に過ぎないように見える。南大阪地域大学コンソーシアムのようなやり方を見習ってもよいのではないだろうか。

震災から4年目の中間支援組織の役割について

 改めて、課題へのフォーカスが必要ではないか、ということを考えています。

 ともすると、中間支援組織は、NPOが活動している内容を通してしか課題を見ていないので、そこから見えること以上のものを把握できないおそれがあります。その場合、課題はあるのにそれに取り組むNPOがないため、課題の存在自体が見えないということが生じます。

 それから、今、復興支援活動として行われているNPOの事業のうち、ある程度の規模以上のものは公募助成の資金によることが多いのではないかと思いますが、公募助成にも同じような問題があると考えています。

 公募の助成金の審査では、当然ながら申請されてくる案件に対してフォーカスされます。申請事業はどのようなものか、申請団体は申請事業を遂行するだけの力量はあるか、信頼できる団体かとか。課題の大きさについては、多少は考慮されるでしょうが、それ自体が審査の対象になるわけではありません。それよりも、この事業は持続可能じゃないからとか、この団体は力量が足りないからとか、そういう理由で助成金は不採択になってしまいます。公募の助成金なのだから、それは当たり前のことです。

しかし、助成金が不採択になって、その課題に取り組むNPOがなくなったとしても、課題はそのまま残ります。また、公募しても誰も手を挙げない課題については、やはりそのままです。

 そうした状況を踏まえた上で中間支援組織が何をすべきか。私が考えているのは次のことです。丸数字は優先順位です。

 課題を特定した上で、

①課題と担い手をつなげる
②担い手同士をつなげる
③担い手と、課題解決に必要な社会的資源や外部支援者をつなげる

 そして、これと並行して「担い手を支える」があると考えています。また、課題に対する「嗅覚」を研ぎすますこと、自らも課題について調べてみることというのが前提です。

 そこで地星社でも、こうした動きをしていくべくちょっとずつ準備を進めています。被災地の「子ども」や「子ども支援」に重点を置いて情報を集め始めているのもその一環です。この他にも、ある特定の課題で、動きをつくっていきたいと思っているものがあります。

 また、当然ながら地星社だけでどうにかなる話ではなく、多くのみなさんと協力しながら進めていかないとどうにもならないことばかりです。布田としては今こんなことを考えていますということで、ここに載せておきます。

脱・助成金依存

 NPO向けの助成金申請セミナーは数多くあるけれど(私もつい先日講師で喋ってきたけれど)、震災から4年目を迎える被災地のNPOにとっては、脱・助成金依存セミナーの方が必要なのではないかと思いました。

 とにかくこの3年間は、震災後、急激に増えた社会的課題に立ち向かわなくてはならず、特に地元の団体は助成金・補助金を主な資金源にするしかなかったと思います。だからこそ、地星社でも助成金の情報を提供し続けてきました。

 しかし、助成金・補助金はいつまでも続くものではありません。特に収入のほとんどが助成金である場合、脱・助成金依存を図らないと、持続可能な事業とはならないでしょう。

・その問題に取り組む別の担い手を育てる(当事者に近いところで)。
・その問題を緩和させる別の取り組みをする。
・問題が悪化しないよう予防的な事業をする。
・何らかの手段で対価が得られるようにする。
・継続的に寄付を得られるようにする。
・行政の仕事にする(委託事業になるようにする)。
・それでも足りない分を助成金で得る。

 脱・助成金依存に特効薬があるわけではなく、上に挙げたようなことをそれぞれ時間をかけて取り組むしかないと思います。時間をかけないとできないことだから、早めに取り組み始める必要があります。

 というようなことを、どこかで議論できるといいんだけど。

生活保護—知られざる恐怖の現場(今野晴貴)

 NPO法人POSSE仙台支部の渡辺さんにインタビューに行ったときに、生活保護やブラック企業の話も出てきて、POSSE代表の今野さんが書いた『生活保護』(ちくま新書)と『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)をその場で購入させていただきました。2冊とも読み終えたので、まずは『生活保護』についての感想など。

 NPO法人POSSEは、若者の労働相談や生活相談を行っている団体。本書では、1500件を超える相談対応の経験をもとに、生活保護における違法行政の実態が紹介され、こうした問題が起きる構造についての分析がなされています。

 この本を読んでわかったこと、感じたことなどいろいろありますが、何がすごいかって、生活保護の申請拒否の実態があまりにもひどいこと。最初に取り上げられているのは、京都府舞鶴市に住むシングルマザーBさん(30代)の事例。Bさんは所持金が600円しかなく、生活保護を申請しようと市の窓口に行ったところ、申請書を渡してもらえないため、2012年6月、POSSE京都支部に相談しました。

 そもそも申請書がもらえないという時点でかなり驚きなのですが、書いて持っていっても受け取らないというひどさ。POSSEのスタッフが申請に同行して、そのときの役所とのやり取りが生々しく描かれています。やや長くなりますが、引用します。

 同日午後、今度はBさんの申請に京都POSSEスタッフ3人が同行した。しかし、やはり申請書をもらうことができず、職員に理由を聞いても「もう午前中に話した」としか答えない。
(中略)
 フロアにはC氏と同じ保健福祉係の職員も何名かいたが、「担当じゃないのでわからない」「(C氏を)呼びに行っている」と言うばかりでとりつくしまがない。1時間近く待ってもC氏が姿を現さないため、私たちが自前で用意した申請書を提出しようとしても、職員は「わからない」「受け取る担当ではないので」などとしか答えない。
(中略)
 申請書を受け取ってもらうため、私たちが閉館時間を過ぎても職員と押し問答をしていると、C氏が戻ってきて「もう時間です。業務は終わりました」「もう帰ってください!」と強い口調で怒鳴りだした。しまいにはC氏の「みんな業務の邪魔になるよな!」という声に呼応して、数名の職員が立ち上がって「はい、そうです」「帰ってください」と口々に言いだす、という異常な状況。
 Bさんは申請書をカウンターに置き、「申請します」とはっきり伝え、私たちはその場を後にした。私たちが帰る後ろから、「それは受け取れませんよ。持って帰ってくださいよ!」「Bさん!Bさん!忘れ物ですよ!」と申請書を突き返そうとする職員の声が何度も聞こえてきた。

 当たり前ですが、舞鶴市役所のこうした対応は違法です。このやり取りをしている間にも、POSSEのスタッフは厚労省や京都府の担当者に電話をかけ、舞鶴市役所に指導してもらうのですが、それでも現場の対応が変わらないというのだからある意味筋金入り。

 本書では、こうした「水際作戦」の事例が次々と紹介されていきます。紹介されているのは、どれもここ数年の事例です。また、生活保護受給者に対しても、さまざまなハラスメントなどにより、無理矢理「自立」させて、生活保護から追い出す事例も少なくないようです。

 なぜこうした違法行為がまかり通るのか。行政の財政難から、保護費を削減/抑制したいという予算削減圧力が働くこと、生活保護の決定を担うケースワーカーの人手不足・専門性不足などが挙げられています。

 生保受給者に対するバッシングや世論が、行政の違法行為を支えている側面もあるでしょう。だからこそわれわれは生活保護の実態をもっとよく知る必要があると思います。

 困っている人を見たら助ける、社会的に弱い立場にある人に親切にするというのは、人間の道徳の基本だと思いますが、「道徳教育の強化」を掲げている国が、困っている人を助けず、社会的に弱い立場にある人に厳しいというのはなんとも解せないことです。

「行政がすべきことを住民に押し付けるのか!」にどう答えるか

寄りあいNIPPON 全体会の様子

寄りあいNIPPON 全体会の様子

 先日、寄りあいNIPPONというイベントに参加してきました。東日本大震災からの復興を通じて、東北から日本の未来を創造しようという趣旨で開催され、いくつかの分科会に分かれて参加者で議論を行いました。

 私が参加したのは「自立とコミュニティ」という分科会。沿岸被災地のある自治体での取り組み例が紹介されました。そこでは、いくつかの地区ごとに生活支援のセンターを設置しています。地域福祉と社会教育、地域保健の機能を兼ね備えたセンターのようで、行政窓口サービスも一部あるようです。そのセンター単位で、孤独死防止などを目的とした地域の見守りネットワークづくりをつくろうとしていて、8ヶ所のうち2ヶ所で見守りネットワークができたということでした。

 この自治体に限らず、今後の超高齢化社会においては、地域コミュニティという小さな単位の中で相互扶助の体制ができないと、福祉が成り立たなくなる地域が出てくるのではないかと思っています。そうした地域内相互扶助で間に合わない部分を、NPOや専門機関が担ったり、あるいは行政が担うという、いわば補完性の原理にもとづいた地域福祉のシステムをつくることが必要でしょう。福祉に限らず、まちづくりや防災、社会教育、環境保全、あるいはコミュニティビジネスなど地域が主体となり、担っていくというイメージです。

 しかし、分科会での議論に話を戻すと、住民主体の見守りネットワークを地域ごとにつくりませんかと役所の人が住民に話したら、「行政がすべきことを住民に押し付けるのか!」というような反発が起きて、そのためまだ8ヶ所中2ヶ所なのだとか。

 こういう反応が起きるのもわかるし、これはなかなか難しい問題です。役所のお仕着せで形だけ見守りネットワークをつくっても、あまり機能しないかもしれません。地域コミュニティの自発性に任せると、いつそれができるのかわかりません。役所が地域コミュニティに自発性が生まれるよう仕向けるというのもややどうかと思いますしね。

 地域コミュニティと行政との間で、地域課題への認識を共有し、その解決にあたっての役割分担を明確にするようにしないとだめなのでしょう。実際にそういう取り組みがなされている地域はありますから、そういう事例から学んでいくのがまずはよさそうです。

 あと、行政が主、住民/地域コミュニティが従といった図式を、双方が反転させないといけません。これは、地域経営の主体という意味での主と従です。行政がサービス提供者、住民/地域コミュニティが客という認識があるならば、それも変えていかないといけないということでもあります。