かかりつけ医として


IIHOEの川北さんがよく中間支援組織の役割を医療機関にたとえているけれど、そういうことで考えると、地星社っていうのは「かかりつけ医」なんだよなーと。
地域の中核的な中間支援組織はさしずめ総合病院で、資金支援に強いところとか、アドボカシーに強いところとか、情報発信や広報に強いところなどがそれぞれの専門病院ですね。
地星社は個別支援が中心になるので、相手のことをよく知り、継続的にかかわっていくことに重きを置きます。

信頼を分け与えるということ


 NPOの中間支援センターの役割として、他のNPOに対し信頼を分け与えるということがあるのではないかということを最近つらつらと考えてました。「分け与える」とは言うものの、信頼を分け与えても元の信頼は減らないので、ろうそくの火を、まだ火の灯っていない別のろうそくに分け与えるようなイメージです。

 信頼というのは、相互の関係性の中で生まれるもの。評価を担保するものがあって、付与される「信用」とはそこが違います。

 中間支援センターとしては、信用を付与する格付け機関的な役割を持つところもあってもいいけれど、より大事なのは支援先の団体に信頼を分け与えることだと思うのです。ある相手と、支援先の団体とがあって、そこの関係の中に第三者として中間支援センターが入り信頼を分け与えることで、相互の関係がより豊かなものになるのではないかと。

 そのためには中間支援センター自身も信頼を確保していないといけないし、支援先の団体を信頼している必要があります。

 信頼の関係性(学術的には社会関係資本=ソーシャル・キャピタルなんて言われてますが)をあちこちに、重層的に生み出していくこと。地星社も、そういうことを目指していきます。

「何とかしてくれよ」じゃなくて


「この国は危ないぞと。何とかしてくれよ。誰か何とかしてもらいたいと。私は、一番大きな強い国民の民意だと思います」

と言ったのは、石原慎太郎氏。17日の日本維新の会と太陽の党の合併会見でこの発言が飛び出しました。

ここまでわかりやすいパターナリズム(家父長主義)な発言、なかなか聞けないよなあ。

誰かなんとかしてくれという他人任せの性根こそが、この国をだめにしてきたわけでしょ。

人任せではなく、自ら立ち上がり、なんとかしてやろうと動いている人たちが世の中にたくさんいます。被災地なんか特にそうです。そういう人たちの姿は、彼らにはまったく見えてないんだろうな。

石原さんの先の発言を聞いて、このままではまずい、なんとかしなくてはと危機感を持って、自ら立ち上がる人が出てきたら(選挙に出るという狭い意味ではなく、社会的な課題に対し自ら取り組むということで)、石原さんがこう発言した意味もあるかもしれないですね。

僕が市民活動とかNPOというものにかかわってわかったことは、「社会を変えるのに、必ずしも政治家や官僚にならなくてもよい」ということと、「社会を変えるのは、一人でやらなくてもよい」ということ。

「強いリーダー」が世の中を変えてくれるんじゃなくて、社会というのはみんなで変えていかなきゃよくはならないんだと思うのです。

『職業としての政治』より


山内さんのブログにマックス・ヴェーバーの『職業としての政治』から引用してあって、なかなかいいと思ったので、こちらにもコピペ。
政治家だけに限んないよねというか、政治を、「社会をつくること」と広く捉えれば、われわれに向けられた言葉でもありますね。

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政治とは情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に
力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。
不可能事を目指して粘り強くアタックしないと成功は覚束ない。
自分の理想に比べて現実の世の中が–自分の立場から見て–
どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。
どんな事態に直面しても「それにもかかわらず」と言い切る
自信のある人間。そういう人間だけが政治への天職を持つ。
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