スタバカードでみちのく未来基金に寄付


スターバックスコーヒージャパンが、東日本大震災の復興支援を目的に期間限定で「スターバックスカード ハミングバード」を発行。カードの発行時に100円を寄付金として預かり、また、同カードで支払った金額の1%をスターバックスからの寄付金として拠出する。寄付先は、震災遺児の高等教育への進学を支援する公益財団法人みちのく未来基金。

昨年も同様のプログラムを実施し、1900万円の寄付が集まったとのこと。

復興支援を後押し、スタバカード発行 進学支援財団に寄付 – サンケイビズ

プレスリリース – スターバックスコーヒージャパン

公益財団法人みちのく未来基金

「誰しも進んでやりたがらないけれど、誰かがやらなければならない仕事」について


 「誰しも進んでやりたがらないけれど、誰かがやらなければならない仕事」

 これをサリンジャー風に言えば「ライ麦畑のキャッチャー」で、村上春樹風に言えば「雪かき仕事」、内田樹風に言えば「歩哨」である。言い方がいろいろあると面倒なので、ここでは一番言いやすい「雪かき仕事」で表現を統一しよう。

 で、雪かき仕事についてである。

 本当に雪が積もっていれば、それは目に見えるし、雪かきすれば人の通れる道ができるのも見える。でも、今の被災地における雪かき仕事は、目に見えにくいし、それに取り組むにはそれなりの力量を必要とされるケースが多いように思う。さらに言うなら、それで成果を上げたとしても、他人からの評価は得られにくいかもしれない。

 「誰かがやらなければならない仕事」であれば、その存在はすぐにわかるんじゃないの?と疑問に思われるかもしれないが、問題というのはその存在を主張する人や、実際にそれに取り組む人が出てきてようやく「問題」として成立するので、放置されていれば本当にそのままなのだ(水俣病はまさにそうだった)。

 今、地星社では宮城県内の被災各地に出向いて、現場で復興支援活動を行っている団体の方にお話を伺う活動をしている。お話を伺っていると、これぞ雪かき仕事と思えるようなことをされている団体さんが少なからずいて、本当に頭が下がる思いである。これらは順次紹介していく予定なので、もうしばらくお待ちいただきたい。

 ただ、僕としては、なされたことを明らかにすることよりも、なされてないことを明らかにすること、要するに、被災地においてまだなされていない雪かき仕事を見つけて、その情報をみんなと共有することが大事なんじゃないかと思っている。そのあとには、じゃあいったいその仕事を誰がやるのかという難題が待ち受けているかもしれないが。

 今は復興支援活動団体向けにいろいろな助成金・補助金が出ていて、これらは企画を公募する形式がほとんどである。しかし、この方式だと本当にタフな雪かき仕事は上がってこないのではないか。気づかれないで放置されていること、気づかれているけれども誰も手をつけないことがあるように思う。問題の所在をもう少し明らかにした上で、それに取り組んでいくための方策をつくるネットワークや連携が必要だと考えている。

“イノベーション”と呼ばれた青年


とある沿岸被災地にて、地域に密着した活動をしている某団体の方から聞いた話。

震災後、その地域に来た某有名大学の学生さんは、やたらと「イノベーション、イノベーション」というものだから、あだ名が「イノベーション」になったそうな。その地域の人たちは、若い人も含めてみんな「イノベーション」なんて言葉を聞いたこともないし、もちろん意味もわからないから、かえって滑稽に映ったらしい。

その学生さんに限らず、震災後にいろんな人がその地域にやってきて、復興のためにという名のもと、ビジネスのアイデアやら何やら持ってきたらしいけれども、それらは結局どれもうまくはいかなかったとのこと。

ビジネスモデルありき、イノベーションありきじゃないよなと思うのです。

イノベーション自体は必要だけど、新しいアイデアを生み出すことよりもむしろ、それが受容されていくことの方が、特に都市部から離れた地域においては大事なんじゃないか。そうすると、「イノベーション」という言葉も、「地域を元気にする新しいしくみ」とか「地域課題を解決する新しいしくみ」のような、ケースに応じた言い換えが必要だし、いわゆる「よそ者」が地域に入って何かをしようとするのであれば、もっと地域や地域の人々と向き合い、関係をつくっていくことが先ではないのか。

地域の人と一緒に課題解決に取り組んで、その結果、事後的に評論家や研究者みたいな人から「あれはイノベーションだ」と言われるくらいでいいと思う。

誰のためにもならない社会起業家とかNPOが増えても、それって喜劇のような悲劇でしかない。

正統性について


正統性(legitimacy)って、NPOとかの活動においても大事だよなーと、今日の帰りの車の中でつらつら考えてた。
正統性と言ったらふつう、権力による支配を受け入れるかどうかって話で、伝統的支配とかカリスマ的支配とか合法的支配とかマックス先生が三類型を示してくださっているけど、そういう考えが市民活動にもいくらか援用できるのではないかと。

NPOには権力なんてないので、支配ってことじゃなく、活動/事業に対する理解とか賛同とか納得を得るための正統性。
まったく同じ活動でも、誰(どういう属性を持つ人)がやるかで、まわりの人の反応が違うってことは経験的にみんな知ってると思う。特にそれが社会的な意味を持つ活動であれば。

正統性を持つと見なされないと、周囲から協力は得られないんだよな。
逆に、正統性を持つと見做されているのに、それに見合った活動をしないと信頼性が落ちるということもある。