支援が地域の力を弱める例

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全国各地に、おやこ劇場(子ども劇場)という活動があります。ウィキペディアの説明によると「親子で舞台芸術を鑑賞し、また他の親子とともに色々な活動をすることなどを通して子供たちの感性を豊かに育てることを目的とした団体」です。

県外でおやこ劇場の活動をしていた経験のある方から、こんな話を聞いたことがあります。その昔、地域の親たちの有志がおやこ劇場を立ち上げ、会員を募って舞台芸術の鑑賞活動を始めたところ、行政職員が「この町の親子にはこういうニーズが高いのか」と思って、親子向けの無料の舞台芸術鑑賞会を役所で企画したとのこと。

そうすると、会費を取られるおやこ劇場よりも、役所が企画する無料の芸術鑑賞会の方にみんな流れていってしまい、おやこ劇場の活動が成り立たなくなるおそれがあります。また、役所の方が予算もあるし、質の高い舞台芸術を鑑賞できるかもしれません。

鑑賞する側からすれば、費用負担が少なく、より質の高い舞台芸術を鑑賞できるのであれば、役所の企画の方がよいでしょう。「親子での芸術鑑賞を通し、子どもたちの感性を豊かに育てる」ということだけを目的として考えたら、役所の企画の方が”アウトカム”も高くなるし、”社会的インパクト”も高くなるでしょう。

しかし、子を持つ親たちが自発的に集まって団体を作り、議論を重ね、協力し合いながら芸術鑑賞会を企画すること自体、別な価値を持つのではないでしょうか。それは例えば、地域の中で協力関係・信頼関係を築いていき、地域の課題解決力を高めていくというようなことです。そしてそこに、官による公共ではない、市民による自発性な公共が生まれるのです。

行政が全部”してあげる”のであれば、芸術鑑賞会の質は高くなるかもしれませんが、市民が自発的に活動する機会・課題解決の力をつけていく機会は損なわれます。そしてポイントなのは、芸術鑑賞会を企画した行政職員はまったくの善意であるということです。

今回は行政が”してあげる”ケースを取り上げましたが、NPOの活動などそれ以外でも似たことは起きていないでしょうか? これは何らかの支援を行う上ではしばしばつきまとう問題ですし、支援活動に携わる人はそうした観点から自らを省みる必要があると思います。私自身も気をつけたいところです。

市民セクター全国会議の分科会14「支援における関係性を考える〜“してあげる”支援から“共にある”支援へ〜」(11/23)の関連で書きました。

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