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「誰しも進んでやりたがらないけれど、誰かがやらなければならない仕事」について

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 「誰しも進んでやりたがらないけれど、誰かがやらなければならない仕事」

 これをサリンジャー風に言えば「ライ麦畑のキャッチャー」で、村上春樹風に言えば「雪かき仕事」、内田樹風に言えば「歩哨」である。言い方がいろいろあると面倒なので、ここでは一番言いやすい「雪かき仕事」で表現を統一しよう。

 で、雪かき仕事についてである。

 本当に雪が積もっていれば、それは目に見えるし、雪かきすれば人の通れる道ができるのも見える。でも、今の被災地における雪かき仕事は、目に見えにくいし、それに取り組むにはそれなりの力量を必要とされるケースが多いように思う。さらに言うなら、それで成果を上げたとしても、他人からの評価は得られにくいかもしれない。

 「誰かがやらなければならない仕事」であれば、その存在はすぐにわかるんじゃないの?と疑問に思われるかもしれないが、問題というのはその存在を主張する人や、実際にそれに取り組む人が出てきてようやく「問題」として成立するので、放置されていれば本当にそのままなのだ(水俣病はまさにそうだった)。

 今、地星社では宮城県内の被災各地に出向いて、現場で復興支援活動を行っている団体の方にお話を伺う活動をしている。お話を伺っていると、これぞ雪かき仕事と思えるようなことをされている団体さんが少なからずいて、本当に頭が下がる思いである。これらは順次紹介していく予定なので、もうしばらくお待ちいただきたい。

 ただ、僕としては、なされたことを明らかにすることよりも、なされてないことを明らかにすること、要するに、被災地においてまだなされていない雪かき仕事を見つけて、その情報をみんなと共有することが大事なんじゃないかと思っている。そのあとには、じゃあいったいその仕事を誰がやるのかという難題が待ち受けているかもしれないが。

 今は復興支援活動団体向けにいろいろな助成金・補助金が出ていて、これらは企画を公募する形式がほとんどである。しかし、この方式だと本当にタフな雪かき仕事は上がってこないのではないか。気づかれないで放置されていること、気づかれているけれども誰も手をつけないことがあるように思う。問題の所在をもう少し明らかにした上で、それに取り組んでいくための方策をつくるネットワークや連携が必要だと考えている。

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