以下は、別のブログに2006年10月17日の日付で書いた記事です。自分にしては意外とよく書けているのではないか(今はもう書けない)と思ったので、こちらで紹介します。

ボランティア―もうひとつの情報社会 (岩波新書)

金子 郁容 岩波書店 1992-07-20
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by ヨメレバ

 著者はテレビのコメンテーターなどでもおなじみの慶応大学教授の金子郁容氏。専門はネットワーク論、情報論である。「ボランティア」と「情報」とは、一見すると不思議な組み合わせだが、ネットワークという切り口からユニークなボランティア論を展開している。

 ボランティアと聞くと、「無償の奉仕活動」と捉えられることが多いのではないだろうか。しかし、著者によるボランティアの定義は以下のようなものだ。

 あるきっかけで直接または間接に接触するようになった人が、なんらかの困難に直面していると感じたとしよう(地球環境の破壊のように、人類全体が直面する困難も含めるものとする)。ボランティアとは、その状況を「他人の問題」として自分から切り離したものとはみなさず、自分も困難を抱えるひとりとしてその人に結びついているという「かかわり方」をし、その状況を改善すべく、働きかけ、「つながり」をつけようと行動する人である。

 ポイントは「かかわり方」と「つながり」である。

 著者によれば、ボランティアのかかわり方というのは、困難を抱えている人もしくは状況に対し、自分に直接的な関係がなくともそこに相互依存的なつながりを見いだし、自分と結びついているというかかわり方をすることである。地球環境や自然災害、飢餓などの問題を人類共通の課題として捉えるような「宇宙船地球号」的な発想(著者はそうした相互的つながりを「相互依存性のタペストリー」と呼んでいる)がその基礎になる。

 だが、ボランティアとしてのかかわり方を選択するということは、自らをひ弱い立場に立たせること(自らをvulnerableにすること)だと著者は言う。ここで言われているのは、ボランティアとは、相互依存性のタペストリーを通じて、自分自身も広い意味でその問題の一部であることを自ら選択するということである。

 そして、つながりについて。著者はボランティアのプロセスを「つながりをつけるプロセス」として捉えており、それは情報を発生させるプロセス(=ネットワーク)と同じであるというのだ。

 情報は、「与えることで、与えられる」という特性を持ち、その相互作用を経る中で意味や価値が生まれてくる。ボランティアも、相手との相互作用の中で意味や価値が生じる。つまりボランティアを行うことでそうした価値を得て、それこそがボランティアの報酬となるわけだ。

 さて、本書でも書かれている通り、情報とボランティアは同じものではない。しかし、これらに共通するものがあるというのは、自分自身ボランティアにかかわったり、さまざまな事例を見聞きした経験からも実感することだ。

 例えば、人が情報に価値を認めれば、その情報は伝播する。同じようにボランティアも伝播する。一度つながりをつけると、どんどんつながっていくというのはボランティアにおいてしばしば聞く話である。

 自分の知人でKさんという人がいる。あるとき彼は仙台の街中で、落ちているごみが気になり一人で拾い始めた。せっせとごみを拾い集めているうちにだんだん周りの人が手伝い始めたそうだ。街のごみはKさんが捨てたわけではない。しかし彼は自分の問題としてそれを引き受けた。つまり、そこでごみの問題と彼がつながったわけだ。そこに価値を見つけた人がどんどんつながってきたのだろう。

 Kさんは今では環境問題に熱心に取り組み、仙台で行われる大きな野外イベントにおいて、ごみの分別を支援する活動を仲間と行っている。自分も何度か手伝った経験があるが、そこにボランティアに集まってくる人は本当にさまざまな人たちで、どのようにこの活動とつながったのかを彼らに訊ねてみるとまさしく共感のネットワークというものを実感する。ここで挙げたのは自分の身近な例だが、本書にも個人の始めたボランティア活動が共感の連鎖を起こし、ネットワークを形成していく事例がいくつか紹介されている。

 10年以上前の本だが、古さをあまり感じさせない。それどころか近年話題になってきているソーシャルキャピタルやネットワークあるいは市民社会論を先取りした本であると思う。ボランティアをネットワークと捉え、新しい情報社会としてのこれからの市民社会を考えるのによい本。