よからぬことについて

よからぬことって、悪意によってもたらされるより、正義(と思っていること)の向かう方向に問題があるからもたらされている場合が多いように思う。
だからこそ、たいていのよからぬことはかえってやっかいなのだ。

政党を再発明すること

政党や選挙を再発明する必要があると思う。

今のうちに予言しておくけど、これまでの”政党”という概念を超えた政党がいずれ出てくる。それは、フラットなネットワークで、NPOに近いものだろう。そこでは参加と対話がキーワードになる。そして、イデオロギー的な分類は意味をなさない。

答えの出し方より、問いの立て方

答えの出し方より、問いの立て方が大事だよな。問いの立て方が適切であれば、答えは9割くらい出たようなものだと思う。

意識を変えさせるか、行動を変えさせるか

問題解決を図るとき、人の意識を変えるというのは、実はあまり有効ではないと思っている。(意識させずに)人の行動を変えさせるためのしくみの方がより有効ではないか。

かかりつけ医として

IIHOEの川北さんがよく中間支援組織の役割を医療機関にたとえているけれど、そういうことで考えると、地星社っていうのは「かかりつけ医」なんだよなーと。
地域の中核的な中間支援組織はさしずめ総合病院で、資金支援に強いところとか、アドボカシーに強いところとか、情報発信や広報に強いところなどがそれぞれの専門病院ですね。
地星社は個別支援が中心になるので、相手のことをよく知り、継続的にかかわっていくことに重きを置きます。

信頼を分け与えるということ

 NPOの中間支援センターの役割として、他のNPOに対し信頼を分け与えるということがあるのではないかということを最近つらつらと考えてました。「分け与える」とは言うものの、信頼を分け与えても元の信頼は減らないので、ろうそくの火を、まだ火の灯っていない別のろうそくに分け与えるようなイメージです。

 信頼というのは、相互の関係性の中で生まれるもの。評価を担保するものがあって、付与される「信用」とはそこが違います。

 中間支援センターとしては、信用を付与する格付け機関的な役割を持つところもあってもいいけれど、より大事なのは支援先の団体に信頼を分け与えることだと思うのです。ある相手と、支援先の団体とがあって、そこの関係の中に第三者として中間支援センターが入り信頼を分け与えることで、相互の関係がより豊かなものになるのではないかと。

 そのためには中間支援センター自身も信頼を確保していないといけないし、支援先の団体を信頼している必要があります。

 信頼の関係性(学術的には社会関係資本=ソーシャル・キャピタルなんて言われてますが)をあちこちに、重層的に生み出していくこと。地星社も、そういうことを目指していきます。