『職業としての政治』より

山内さんのブログにマックス・ヴェーバーの『職業としての政治』から引用してあって、なかなかいいと思ったので、こちらにもコピペ。
政治家だけに限んないよねというか、政治を、「社会をつくること」と広く捉えれば、われわれに向けられた言葉でもありますね。

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政治とは情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に
力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。
不可能事を目指して粘り強くアタックしないと成功は覚束ない。
自分の理想に比べて現実の世の中が–自分の立場から見て–
どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。
どんな事態に直面しても「それにもかかわらず」と言い切る
自信のある人間。そういう人間だけが政治への天職を持つ。
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プロテストが歴史をつくる

…大衆運動、社会的な異議申し立てに対するアレルギー、嫌悪感、当事者性の欠如には凄まじいものがある。デモや社会運動という語にネガティブな価値観しか見出せなくなっているのだ。これはおそらく日本的な特殊現象であり、かなり異様な事態である。欧米では、言うまでもなくデモは権利である。

朝日新聞デジタル:【放送】日本のテレビ局はなぜ反原発の動きを報じ損ねたのか?

日本において、社会的な異議申し立てやデモに対するアレルギーや嫌悪感は、(この記事で書かれているような)社会的エリート層だけでなく、社会一般的にけっこう強いと思う。3.11後のこの世界にあってもだ。「反対するのはネガティブだからよくない」とか言う人もいるし。

しかし、歴史をつくってきたのは常に、プロテストしてきた人たちじゃないのか。

勢い

遠くに跳ぶには、それだけ勢いつけないとさ。

小器用になるな

小器用になるな、と恩師から言われたことを思い出した。大学院を終えたときに、はなむけの言葉というか、箴言として。

何事も一通りこなせるというのは、必ずしもよいことではない。いいように使われてしまって、自分が本当に注力すべきことができなくなることのないよう気をつけなさい、ということだった。

物事を成し遂げるには

物事を成し遂げるのに必要なのは、構想力、実行力、実現力だと思う。後ろに行くほど難しい。

加藤さんがトイレにかがんでいたときのこと

せ・みの男子トイレの貼り紙が某所で話題になっていたので、それに関連して加藤哲夫さんのエピソードを一つ。

あるとき、トイレに入ったら加藤さんがかがんでいて、何をしているかと思ったら、小便器の前が汚れていたのをトイレットペーパーで拭いていました。男性用トイレの便器のまわりって、小便がはねたりしていてけっこう汚かったりするんですよね。それを加藤さんがきれいにしていたのです。

加藤さんは、「私はトイレのまわりが汚れているのを見ると、次に使う人が気持ちよくトイレを使えるように、こうやってきれいにしているんだよ」と、だいたいそのような内容のことを言ったと思います。

彼がそのとき言った言葉は正確には覚えていないけれど、彼が言わなかったことははっきり覚えています。「だから、あなたもきれいにトイレを使いなさい」とか「だから、あなたもトイレのまわりが汚れていたらきれいにしなさい」とか言わなかった。

だけどその日から、事務所のトイレのまわりが汚れていたら、汚したのが自分だろうが他人だろうが、加藤さんを見習ってきれいにしておくようになりました。そりゃ、加藤御大自らトイレのまわりをきれいにしているのに、汚したままにしておくわけにはいかないですから。

「次に使う人のことを考える」「自ら率先して行う」

ちょっとしたエピソードだけど、こんなことからも加藤さんからはいろいろ学びました。

三日坊主を克服するための3つの方法

三日坊主でなかなか物事が続かないという職場の後輩にした3つのアドバイス。

1)一度に多くのチャレンジをしない。一度に取り組むのは一つにする。
2)一週間はなんとしても続ける。ただしその間は、取り組みのハードルは低くてもよい。
3)取り組みの記録をつける。

これで1ヶ月続けられたら、(モノにもよりますが)けっこう習慣化できます。